スミツキパーレンの世界

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【音楽】すべてが無意味だと思っていた中学生時代。それを変えてくれたのは…

子供のころから口数が少なく、人との距離の取り方が下手な私。

自分の見える位置で誰かと誰かがヒソヒソ話していると、自分のことを話しているのではないかといつも思っていた。周りの女の子よりも背が高いことや、歯並びが悪いことをからかわれていた。容姿でいじめられる毎日を過ごし、特に中学では友達と呼べる人は一人もいなかった。

 

学校に行きたくないと何度も思った。

勉強はそこまで嫌いじゃなかったけど成績は良くなかった。どうしたら逃げ出せるかばかりを考えていた。学校に行って楽しいと思えることがひとつもなかった。すべてが無意味だと感じていた。

 

それでも卒業まで頑張れた。あれだけ逃げ出したいと思っていた中学生活だったが卒業式では涙が出た。その涙の理由は普通に悲しかったのか、「やっと解放される」だったのかは、まあ置いといて(笑)楽しいと思える、頑張れると思えることができたから卒業までいれたのは確かだ。

 

最初に友達と呼べる人がいないと言ったがそれは「学校では」の話。

人見知りで神経質で口数が少ないという私をそのまま受け入れてくれる世界があった。

それがライブハウスだった。

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時代はバンドブーム。

深夜テレビでは10組ほどのインディーズバンドが演奏し競い合い、日曜日に原宿に行くと、たくさんのバンドが青空の下で演奏をしていた、そんな時代。

 

両親や兄の影響で家ではいつも音楽が流れていた。ただ、CDを購入するほどのお小遣いをもらえていたわけではないので、音楽を聴くときはCDレンタルを利用していた。今と違って、新譜発売日と同時にレンタル開始が普通だった。学校から帰宅し、お小遣いをもってお店に走った。

 

そういう楽しみ方をしていくうちに「このバンドさんたちに実際に会えないのかな?」「コンサートじゃなくてライブって言うんだ」「インディーズとメジャーの違いって?」「ホールじゃなくてライブハウス?」といろいろと頭に浮かんだ。今の中学生なら、なんの先入観もなくライブハウスに行くだろうけど、私の時代はそうではなかった。

 

「ライブハウスでこのバンドのライブ行ってみたい」と言ったが、親の許可が得られなかった。というのも私の両親も、結婚前は2人でライブに行っていたらしい。新宿ACBやジャズ喫茶などに行って音楽を楽しんでいた。知っているからこそ、まだ中学生の娘一人が行くような場所じゃないと。

 

どうしてもバンドの演奏を生で聴きたい気持ちが抑えられなかった私。

するとそのバンドがライブハウスだけではなく、毎週日曜日に野外ライブをやっていると知った。時間も昼過ぎから夕方までのフリーライブ。これなら親も許してくれるだろうと再度打診した。そしてやっと首を縦に振ってもらうことができた。ここから私の人生は大きく変わっていった。中学2年生の夏だった。

 

お目当てのバンドの演奏場所を探した。どのバンドも機材車に、バンド名が入った大きなフラッグを掲げている。やっと見つけたときには1回目の演奏が始まっていた。初めて聴いた曲ばかりだったけど、とても楽しかった。1人で行ったから不安もあったけど、青空の下、爆音で聴くそのバンドの演奏に味わったことのない解放感が私を包んでいった。

 1回目のライブが終わり、歩道で休んでいると女の子2人組に話しかけられた。「楽しかったね!」から始まり「どこから来てるの?」とか「誰のファン?」とか。人見知りなので、おどおどしながら答えたのを今でも憶えている。彼女たちは私よりも3つ年上の高校生だった。

 

私が中学生だと知っても彼女たちは普通に接してくれた。

「好きな音楽が一緒なんだし敬語使わなくていいよ!」とまで言ってくれた。たかたが1歳2歳違うだけで、部活では絶対服従、廊下ですれ違ったら見えなくなるまで挨拶などさせる学校の先輩とはまるで違う。

 

その自由な空間に完全に魅了された私は、毎週のように原宿に出かけた。

行くたびに友達が増えた。「あと○日頑張ればホコ天に行ける!」このモチベーションだけで毎日学校に行けた。相変わらず1人ぼっちだったけど苦じゃなくなった。

 

「私には外の世界に年齢も環境も違う友達がいるんだ」と思えるようになった。表情も変わってきたのかと思う。この頃から目に見えて分かるようないじめはなくなった。

 

私と同様に、皆それぞれストレスや不安を感じ、それをどうにかしたいと思っていた。学校や家では解決できない悩み。でもホコ天に行けば考えなくて済む。だから年齢に関係なく仲良くなれたんだと。

 

気が付けば音楽友達は年上ばかりだった。

そのうちの1人に「ライブハウスで見るライブも楽しいよ。行かないの?」と言われた。親に反対されてたけど、友達もいるし1人ではない。夜遅い時間でも、帰りに使う路線が同じ人もいる。ということでやっと親の許可を得てライブハウスデビューとなった。

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 初めて行ったライブハウスは四谷にあった。キャパは200人くらいだったと思う。その狭くて暗い空間でのライブは、ホコ天とは違う衝撃がぎっしり詰まっていた。同じ楽しみを求めて集まった人たちと一体になって生の演奏を楽しむ。

 

もちろんファン同士のいざこざはあったらしい。メンバーにガチ恋している人たちがライバル心丸出しでお互いを悪く言うみたいな。私は中学生だったこともあって、大人たちの争い(といっても20歳前後の人たち)に巻き込まれず済んだけど(笑)

 

ライブハウスに行く楽しみも知った。知ってしまった。

でも中学生のお小遣いでは毎月ライブに行くのは無理だった。早く高校生になってバイトしてお金稼ぎたいと思うようになった。すべてに意味がないと悲観的だったのに、目標ができた。そう教えてくれたのは学校でもなく家族でもなく音楽の世界だった。

 

 何が言いたかったのかというと、しんどくなって行き詰まったら、そこから逃げてもよいということ。無理に同じ場所に居続けて、自分を苦しめるのはやめにしようということ。「逃げたら負け」ではない。逃げたのではなく、自分で新たな道を選んだと考えてほしい。

 

そして大人になった今でも、私はその音楽の世界に魅了され続けている。

私は大好きな音楽と、その音楽を愛する人たちのおかげで今を生きている。